
…真っ青な空に聳えるローマの
「ANFITEATRO FLAVIO」(円形劇場[闘技場]フラービョ)
いわゆるCOLOSSEUM(コロッセウム)。
この偉大な建造物は、紀元後72年〜80年、
ローマ帝国の栄光と繁栄の為に建てられた象徴である。
楕円刑、長径187メートル、短径155メートル、高さ50メートル。
8万人以上の入れる規模のスタジアムであった。
百日間の開場式でここで闘いが行われて
九千頭の獣が殺されたという話もある。
…永遠のローマ…西洋文化の源…この闘技場は
3000年の歴史の重みを感じさせる。
コロッセウムの前にCOLLE OPPIO(オッピオの丘)という
有名な公園がある。
その中に、子供の喜広選手が楽しんでいた
「火薬庫」と呼ばれているサッカー練習場がある。
そう、ローマのシンボルの前で
その伝説の選手が、伝統のサッカーという「芸の一つ」をしていたのだ。
『スポーツではない。私にとって芸だ!』と言いながら
喜広選手はまるでグラディエター(闘士)のように、
ローマ帝国の栄光を語る目をしていた。
「コロッセウムの闘士」、「サッカー場の選手」。
二つともにスタジアムの文化。
ただ、2000年の歴史を通して、
伝統文化は、その手にするものを、
「血を流す武器」から「平和のボール」に変えてきたのである。